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東京地方裁判所 平成4年(ヨ)6589号 決定 1992年10月13日

主文

本件各申立てを却下する。

申立費用は債権者らの負担とする。

理由

一  申立ての要旨

1  被保全権利

(1)  債権学校法人日本大学は、日本大学等の設置を目的として設立された学校法人であり、債権者Aは、日本大学の第八代総長である。

(2)  債務者は、株式会社講談社(第三債務者)が発行する大衆週刊誌「週刊現代」の編集長であり、同誌の編集方針並びに掲載記事の内容及び選択について決定する権限を有するものである。

(3)  債務者は、週刊現代の編集長として、平成四年二月十七日に発行された週刊現代(一九九二年二月二九日・第三四巻第八号)に「日本大学・A総長に『巨額使途不明金』疑惑が」と題する記事を同号一九四頁から一九九頁までにわたつて掲載し(以下この記事を「本件記事」という。)、平成四年二月一七日から同号の電車内吊り広告及び各種新聞紙上の広告に同様の見出しを付して、本件記事を全国に宣伝した。

(4)  しかしながら、本件記事のほとんどの部分は、悪意と虚偽に満ちたものであり、債権者らは、本件記事の掲載及び宣伝によって、長年にわたり築いてきた社会的名誉と信用を著しく毀損された。また、債権者Aは、債務者によって、本件記事の冒頭に同債権者の大型写真を無断で掲載され、肖像権を侵害された。

(5)  債権者らが被った前記名誉及び信用毀損等に基づく精神的損害は、金五億円を下らない。また、債権者らは、前記名誉及び信用毀損等により、その損害賠償請求権を保全するための申立て及び本案訴訟の提起等を弁護士に委任せざるを得ず、その弁護士費用の一部として金五〇〇万円の支出を余儀なくされている。さらに、債権者学校法人日本大学は、本件記事に起因して生じた学内の混乱を防止するため、真相を説明した学内通知を教職員らに発送せざるを得ず、その通知書の印刷代などとして、金一一四万一三五八円を支払った。

(6)  本件申立ての被保全権利(請求債権)は、債権者らの債務者に対する右金五億円の慰謝料請求権のうち金五〇〇〇万円及び右金五〇〇万円の弁護士費用の損害賠償請求権並びに債権者学校法人日本大学の債務者に対する右金一一四万一三五八円の印刷代などの損害賠償請求権である。

2  保全の必要性

債権者らは、債務者、株式会社講談社及び同社代表取締役に対して、前記名誉及び信用毀損等に基づく損害賠償の訴えを提起すべく準備中である。

ところで、債務者は、肩書住所地に土地及び建物を所有しているが、右土地・建物には、被担保債権を三五〇〇万円とする抵当権が設定されている上、最近の地価の下落等に照らすと、右土地・建物の仮差押えによっては、前記請求債権を保全することはできない。

なお、株式会社講談社(第三債務者)は、債務者の使用者であり、本件記事の掲載等は、同社の事業の執行として行われたものであるから、民法七一五条一項により、同社も、債務者が本件記事の掲載等によって債権者らに加えた前記損害を賠償する責任を負うことは明らかである。そして、民法七一五条一項による使用者の責任と同法七〇九条による被用者の責任とは、不真正連帯の関係にあり、両責任は独立性が強く、並列的なものである。したがって、そのいずれの債務者の責任を追求するかの選択は、債権者に委ねられており、保全の必要性の有無は、選択された債務者の保全命令申立て時における財産状態に基づいて判断されるべきであり、選択されなかった債務者の財産状態を考慮することは妥当ではない。

よって、債務者らは、前記請求債権を保全するため、債務者の第三債務者に対する給料、賞与及び退職金債権の仮差押えを求める。

二  当裁判所の判断

まず、債務者らの主張する保全の必要性の有無について検討する。

本件疎明資料によれば、株式会社講談社は、債務者の使用者であり、債務者が本件記事を掲載したことは、同社の事業の執行として行われたものであることが一応認められ、また、同社が前記請求債権を保全するに足りる資力を有していることについては、債権者らもこれを争わないことが明らかである。

ところで、民法七一五条一項の規定は、主として、使用者が被用者の活動によって利益をあげる関係にあることに着目し、利益の存するところに損失をも帰せしめるとの見地から、被用者が使用者の事業活動を行うにつき他人に損害を加えた場合には、使用者も被用者と同じ内容の責任を負うべきものとしたものであって、使用者の責任と被用者の責任とは、いわゆる不真正連帯の関係に立つものと解すべきであるが、右のような同項の規定の趣旨に照らせば、被用者が使用者の事業の執行につき他人に損害を加えた場合には、被害者との関係においては、使用者と被用者とは一体をなすものとみて、使用者は被用者と同じ内容の責任を負うべきものと解するのが相当である。

そうすると、被害者が、被用者が使用者の事業の執行につき損害を加えたとして、被用者に対する損害賠償請求権を保全すべく、被用者の財産に仮差押えをするためには、使用者の無資力を疎明する必要があるものというべきあり、使用者が右損害賠償請求権を保全するに足りる資力を有するときは、あえて被用者の財産について仮差押えをする必要性はないといわなければならない。

よって、使用者である株式会社講談社が前記請求債権を保全するに足りる資力を有する本件において、被用者の給料等の債権の仮差押えを求める本件申立ては、保全の必要性がないものというべきであるから、これを却下することとする。

(裁判官 橋本和夫)

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